About Yusuke Shibata (HULS GALLERY TOKYO)

柴田裕介。HULS GALLERY TOKYO代表。1981年生まれ。立教大学社会学科卒。日本工芸の国際展開を専門とし、クリエイティブ・ビジネス面の双方における企画・プロデュースを行っている。日本工芸ギャラリー「HULS GALLERY TOKYO」「HULS GALLERY SINGAPORE」のキュレーション全てを手がけ、東京とシンガポールを拠点に活動を行う。またオンラインメディア「KOGEI STANDARD」の編集や工芸ブランド「KORAI」のブランドプロデュースも行っている。

抹茶碗の価値

抹茶碗はなぜこれほど高価なものなのか。特に海外では、同じような形状の飯碗との値段差について、質問を受けることがとても多い。日本でも、「茶碗」というと一般的には飯碗を指すことが多いが、工芸や茶の世界では、その名の通り抹茶を飲むための碗のことを言い、特別な価値を持つものとして認識されている。 抹茶碗と飯碗との違い まず始めにお伝えしておくと、抹茶碗の全てが高価なものということでは決してない。安価な抹茶碗も多数存在する。そんな中で、高価な抹茶碗とは何かとなれば、それは「鑑賞」に値する美的価値が備わっているかどうかということに尽きるだろう。高価な抹茶碗を手に取って、360度じっくりと眺めてみてほしい。見た目の美しさはもちろんのこと、手触りや重さなど、一般的な飯碗との多くの違いを感じるはずだ。そうした、人の美意識に働きかけるような茶碗は、芸術的な価値が備わっていると言える。よって、日常使いの飯碗よりも高価なのだというのが、基本的な説明になろうかと思う。 ただし、この美意識は、時代や文化、環境によっても大きく左右される。昔は、朝鮮半島で焼かれた雑器を日本に持ち帰り、茶の湯の茶碗として愛用することすらあった。この一説を考えれば、その美は、作品そのものに宿っているというよりは、使い手によって見出されるものなのだと言ってもよいのかもしれない。ここに、茶碗の面白さがある。 芸術の価値 本来、茶碗に限らず、芸術の価値というものは作者が決めるのではなく、受け手が決めるものであろう。音楽や小説は名作だからと言って高額になるわけではないし、歴史的な絵画も心に響かない人にとってはただの一枚の絵でしかない。ただし、絵画や彫刻の多くは、一点物であるが故に、その希少性から価格が高騰するものがある。それらは競売にかけられることも珍しくなく、作者の決めた価格で世に出回るというものでもない。茶碗も同じで、量産できるものは高額にはなり難いが、窯変などの不確実な変化によって、世に二つとないものを生み出す人気作家の茶碗は、高額になる傾向にある。例えば、日本の国宝となっている「曜変天目」の再現に挑む作家の作品は、その表現の難しさや希少性から、出来の良いものは高い価値を持つとされる。 自分半分、自然半分 茶碗の美には様々な捉え方があるが、私自身は、天然の材料に人の手仕事が加わり、そこにまた窯変などの偶然性が重なり生まれる美にこそ魅力があるのではないかと思っている。茶碗の作り手とお話しをすると、多くの作家が自然への愛着を持ち、自分自身の表現だけではなく、自然と調和したものづくりを心がけている方が多いことに気づく。目の前に生まれた茶碗は、「自分半分、自然半分によってできている」と考える方がとても多いのだ。そうした作家の視点にも学ぶべきことが多くある。 私は、茶碗は立体的な絵画のようなものだとも感じている。美しい絵画の前では、何時間も眺めていたい気持ちになることがあるが、良い茶碗も長く触れていたい気持ちになる。もちろん、茶碗は茶のために使う道具なのだが、その佇まいはどこか繊細で、それだけでは完結していないような印象を受ける。眺め、触れて、使いながら育つ美とでも言えば良いのだろうか。こうした芸術品は、眺めたり触れたりする際、その隙間に自分の心が映し出されたり、見透かされてるような気持ちになるものだ。今日見る茶碗と明日見る茶碗はきっと違う。そうした鏡のような面が茶碗にはある。 千利休が茶の湯を大成させたときから、400年以上が経とうとしているが、茶碗は日本の美意識を深く映し出した工芸品として、現在でも国内外で独特の存在感を放っている。工芸の世界に足を踏み入れた方には、自らの心を映し出してくれる素敵な茶碗に出逢ってほしい。それは、工芸ギャラリーを運営する人間としての一つのささやかな願いでもあるのだ。 [...]

2020-10-27T21:00:44+09:002020/10/27|

光井威善 作品展「息吹」開催のお知らせ

HULS GALLERY TOKYOでは、富山県在住のガラス作家・光井威善氏の作品展を開催いたします。新型コロナウイルスによって、暮らしが大きく変化する中、吹きガラスの技法を用いて生み出される光井氏の有機的な作品の数々は、新たな日常に確かな息吹を与えてくれるものです。今回の作品展では、光井氏の代表作とも言える独自の色彩表現を持つ「Silence」と共に、近年の新作となる「Amber on Grey」も同時展示いたします。秋深まる季節に、美しい佇まいのガラス作品をご堪能ください。 光井威善 作品展「息吹」 日時:2020年11月6日(金)- 11月21日(土)10:00-18:00 [...]

2020-10-26T12:27:26+09:002020/10/26|

日本の色世界

「色」は、文化の一つであり、美的な表現の一つでもある。もしも、それぞれの文化が固有の色彩を持たなければ、文化の境界線は曖昧になり、ここまで美術や工芸は各国独自の発展を見せなかったであろう。欧州のように地続きの国々でさえ、それぞれには独自の色の文化がある。自然環境はもちろん、宗教や思想、ファッションなどからも影響を受け、色は様々な発展を遂げてきた。日本も、豊富な自然と四季の存在により、他にはない色の文化を作り上げてきた。燻んだ色にも意味を与えながら、桜のように美しい花が色の名になることもある。金銀は、金閣寺・銀閣寺はもちろんのこと、美術史においては琳派の世界を思わせ、日本の美意識が大きく映し出されている。色を知ることは、その土地の美意識を知ることであり、工芸においても、大切な要素の一つなのだ。 私自身は、以前から色の世界が好きで、いつか色についてきちんと学んでみたいと思い続けてきたが、工芸の世界に足を踏み入れ、織物の草木染めの世界に触れたことで、これまで以上に、日本の色の美しさに深い興味を抱くようになった。工芸の色と言えば、陶磁器の染付や赤絵、漆器の朱や黒、木版摺りの色彩などが思い浮かぶが、日本の草木そのものの色を映し出すという点で、草木染めは色表現の代表的な存在と言っていいだろう。 私が初めて草木染めに触れたのは、小倉織の染織家である築城則子さんの工房に伺ったときのことだ。築城さんは大学在学中に、能装束の魅力に出会い、そこから染織家としての道を歩み始めた。その後、自身の故郷で一度は途絶えてしまっていた小倉織を復元することに成功。そこからは小倉を拠点として、精力的な活動を続けている。文学を愛する築城さんの色世界は、深くそしてどこまでも広い。築城さんの作品は、縦縞のグラデーションを特徴とするものだが、グラデーションを表現するには、一つの色に対し多数の濃淡が必要で、染める作業だけでも多くの時間を要する。築城さんの工房には多数の色糸が保管されているが、それを染めた歳月を思うと、自然の広がりを感じざるをえない。「青」と一言で言っても、「群青」「瑠璃」「紺碧」など、無数の青があり、ひとつひとつに意味がある。名づけた人の感性も素晴らしいが、それを伝え繋げてきた言葉のリレーも美しい。 私は、別の国に訪れると、まずは匂いと色が日本とは異なることに意識が向かう。色が異なるのは、物に備わる色だけでなく、光や湿度による影響も大きいのだとは思うが、そうした環境の違いの中で、どんなものがその国で最も美しいとされているかを想像することが楽しい。異文化の壁を超え、日本の工芸品を伝えていくことは、日本の色が海を渡ることでもあり、色の説明も続けていくべきなのだろうと思う。いつしか、日本の色をテーマにした工芸の展示を行いたいと思っているが、それはきっとそう遠い未来の話ではない。 文:柴田裕介 写真:須田卓馬

2020-10-23T09:01:30+09:002020/10/23|

「grad. / 薩摩びーどろ PICK UP展示」開催のお知らせ

HULS GALLERY TOKYO では、これまで取り扱いのなかった薩摩切子を期間限定で取り扱いいたします。辰野しずか氏デザインの「grad. ice」を販売するとともに、製造元である薩摩びーどろ工芸の作品も併せてご紹介します。この機会に、江戸切子とはまた違った薩摩切子の魅力をどうぞご堪能ください。 「grad. / 薩摩びーどろ PICK [...]

2020-10-15T18:19:11+09:002020/10/15|

2020・秋のおまかせコース「秋麗(あきうらら・しゅうれい)」配信開始

HULS GALLERY TOKYO による架空ダイニング企画「HULS Inspirational Dining “遠方茶寮”」の第 2 弾となる秋のコース料理レシピの配信が開始されます。 夏に引き続いて、料理家として活躍する茂村美由樹氏に監修いただき、ご家庭でも作れるワンランク上のコース料理レシピをご紹介。レシピは日英のバイリンガル表記で、HULS [...]

2020-10-03T14:34:33+09:002020/10/03|

寺内信二 作品展「BOWLS」Zoomトークセッション開催のお知らせ

HULS Gallery Tokyoにて開催中の、李荘窯 寺内信二 作品展「BOWLS」関連イベントのお知らせです。 HULS Gallery Tokyoでは9月24日から10月15日まで、李荘窯 寺内信二 作品展「BOWLS」を開催しています。展示会関連イベントとして、10月3日(土)午後3時より、Zoomによるトークセッションを無料配信します。有田・李荘窯四代目当主であり、陶芸家の寺内信二さんをゲストにお招きし、新作を生み出すまでのプロセスをうかがいます。 [...]

2020-09-28T12:16:02+09:002020/09/28|

公式オンラインストアオープン

日本の工芸を世界へ発信するギャラリー「HULS GALLERY TOKYO(ハルス・ギャラリー・トーキョー)」は、2020年9月23日、公式オンラインストアをオープンいたしました。 茶器、酒器、飯碗にお皿・鉢など、日常の暮らしを豊かにする普段使いのうつわのほか、作家物の抹茶碗や花器、アートオブジェまで、こだわりの工芸品を多数取り揃えています。 この機会にぜひご利用ください。 HULS GALLERY TOKYO 公式オンラインストア:https://store.hulsgallerytokyo.com [...]

2020-09-24T11:57:57+09:002020/09/23|

李荘窯 寺内信二 作品展「BOWLS」開催のお知らせ

開催時期:2020年9月24日(木)~10月15日(木)*日・祝は休業  開催場所:HULS GALLERY TOKYO (東京・赤坂) 営業時間:10:00〜18:00 料理を美しく見せる器づくりを追求し、世界中のトップシェフとのコラボレーションを実現してきた、有田・李荘窯の4代目当主、寺内信二氏。HULS GALLERY TOKYOでは、その寺内氏の手仕事に焦点を当てた第2回目の作品展を開催いたします。今回の展示では、寺内氏がろくろで成形し絵付けした染付と白磁の新作を多数とりそろえます。見どころは表情豊かな鉢(ボウル)型の器の数々。縁に向かって上り広がる器は和洋問わず様々な料理を受けとめ、日々の食卓で活躍します。有田焼の魅力を発信する空間コーディネーター、佐藤由美子さんによるディスプレイも合わせてお楽しみいただけます。美しい白と青で統一された作品群を、この機会にぜひご高覧ください。 [...]

2020-09-23T16:49:05+09:002020/09/14|

待つことの美学

学生時代、社会学を学んでいた私は、鷲田清一という日本の臨床哲学者の本を読み漁った。その中に、『「待つ」ということ』という題の本があり、今でも記憶に残っている。 現代人は、待つことに不慣れになってきている。欲しいものはインターネットですぐに手に入るし、携帯電話は待ち合わせの時間を無くしてしまった。暇なときは、スマートフォンで時間をつぶし、周りを見渡すことなく、常に何かに繋がっていないと落ち着かない。そんな時代になってしまった。便利になったと言えば聞こえはいいが、待つことはそれほど無意味なものだろうかと、ふと疑問に思ってしまう。 ギャラリーでお客様に工芸品について説明をする際、工芸品にはたくさんの魅力があるが、時間がかかる点だけは理解してほしいとあらかじめ伝えるようにしている。効率化が求められる世の中には逆行することだが、工芸にとっては本質とも言えるくらい大切なことであるようにも思う。例えば陶磁器の場合、登窯や穴窯を用いる作家は、年に数度しか窯を焚かないことも多く、その時期を逃せば、次に作品に出会えるのは一年後ということもある。また、漆器も、工程の多い輪島塗などは、発注から納品まで半年かかることも珍しくない。移り変わりが激しい世の中では、多くの人が疑問を感じることであろうが、むしろ待つことを前向きに感じてもらうことが、工芸に向き合う心構えなのではないかと思っている。 待つ時間と言えば、お茶や珈琲を淹れる時間も思い浮かぶ。茶葉や珈琲豆を蒸らす時間はほんのわずかだか、ゆっくりと待つ時間は心地がいい。工芸において、用の美は大切だが、使うことと同じく、工芸品が作り出す時間や空間にも、人生の豊かさはあるものなのだ。 思えば、ミケランジェロの代表作である『最後の審判』は5年の歳月をかけて制作されたと言われている。昔の芸術作品には、それ以上に時間を費やしたものも少なくない。そうしたものが今の時代にまで語り継がれている。工芸品も日常的に使っていただくには、効率的に作り、適度な価格で販売する努力は必要だが、時間をかけてこそ美しいものも、少しばかりはあってもいいとは思う。そのどちらもが工芸にとって必要な要素なのだろう。 待つということは、決して時間を失うことではなく、未来を思い浮かべる贅沢な時間なのかもしれない。工芸品を通じて、そんな時間をお届けできたらと思っている。 文:柴田裕介

2020-08-12T09:11:12+09:002020/08/12|
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