現在、新型コロナウイルスの出現によって、私たちは、大きな変化の真っ只中にいる。こうした変化は、日々の暮らしや社会の在り方について見直す機会ともなり、気候変動や経済格差、少子高齢化など、様々な社会問題に関心を持つ人も増えてきた。多くの国で、物質的には豊かになり、寿命は伸びる一方で、社会全体が幸福になっているかと問われれば、そうだと言い切ることは難しい。世界を見渡せば、行き過ぎたグローバル化や資本主義の在り方にも何らかの修正が必要なことは顕著であり、アフターコロナを見据えながら、個人、企業共に、様々な社会問題に向き合う姿勢が求められている。

地方産業の活性化

私は、2015年頃から日本工芸の価値を国内外に伝えていく活動をしているが、こうした変化の中で、社会問題の解決に繋がる工芸の役割とはどういうものかをより深く考えるようになった。最も明確な役割というのは、地方産業の活性化だろう。工芸品は日本各地で作られているもので、そこに暮らす人々にとっては、大切な働き口の一つとなっている。かつてのように、多くの職人を抱えてものづくりをする時代には戻れないだろうが、その土地ならではの産業が魅力的であり続ければ、都会から地方に移り住む人もいるであろうし、雇用以外の価値も生まれる。

また、現代の工芸品は、観光産業にも大きく貢献している。地方の工芸品は、以前から旅の土産としての人気はあったが、今では、工房や地方の美術館への訪問そのものが旅の目的であることも珍しくない。郷土料理と同じように、工芸が地方を代表する一つの文化として幅広く発信され続ければ、海外への繋がりも生まれ、新たな可能性も広がっていくだろう。

気候変動に向き合う

現在、最も世界で声高に叫ばれている社会問題の一つである気候変動についてはどうだろうか。気候変動の大きな要因は、温室効果ガスの排出であるが、現代の工芸品は大量生産品ではなく、その他の大規模な産業と比べれば、全体的な排出量は少ないと言える。陶磁器やガラスを作る際には、高温での焼成が必要であることには課題はあるが、工芸品の材料の調達距離は短く、人の移動も少ないことから、現代のものづくり産業としては環境への負荷は少ない。何よりも大切な点は、工芸品が長く使われることを前提としたものであり、金継ぎなどのように、修理を繰り返しながら、何世代にも渡り使うことができるというのが、工芸品のサステナブルな魅力だろう。そうして、日々の暮らしの中で使う物に意識を向け、愛着を深めることが、環境問題への取り組みへの第一歩であるのだ。

暮らしの多様性

私自身は、様々な社会問題がある中で、最も工芸が重要だと感じる役割は、工芸品を通じ、文化や暮らしの多様性に気づくことだと思っている。これは、行き過ぎたグローバル化を見直すことでもある。様々な国を訪れてみるとわかるが、今では、どの国の都市でもショッピングモールにいけば、同じようなブランド、食品が並ぶ。どこの国で作られているかは、札を見なければわからないものばかりだ。そうしたものだけに囲まれていると、違いを尊重するような感覚は薄れ、いずれは、何を食べても同じ味、何を着ても同じ素材だと思うような人間になってしまうのではないかと思っている。日本の工芸品は、それぞれの地域の個性を映し出したものであり、かつ、一つずつが少しずつ異なる個性ある道具である。その少しずつの違いに気づくことは、そこに住む人々の個性や生き方を尊重することにも繋がっていく。日本に限らず、世界では、先進国であれ途上国であれ、その土地ならではの工芸品や文化はあり、それらを互いに尊重し、活かし合うことに、グローバル化の未来があるのではないだろうかと思う。

社会問題は、大きな課題であるほど、すぐに身近なものとして受け止めることが難しい。そのため、まずは「知ること」、その次に「感じること」、そして日々の中で「行動すること」を一歩ずつ行っていく必要がある。私も、毎日の暮らしの中で、社会問題を強く意識してきたわけではないが、さまざまな工芸品に向き合っていると、今までとは異なる暮らしの在り方に気づかされることがあり、少しずつ自分自身を変化させてきた。日常は快適で楽なほうへとみなで進むことだけが豊かな未来に繋がるものではなく、時には遠回りしたり、手間暇をかけることも必要であり、工芸には、そんな気づきが隠されているような気がするのだ。

文:柴田裕介